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本と、朝ごはんと、私の好きなもののハナシ

泳ぐのに、安全でも適切でもありません/江國香織

江國香織さんは好きな作家のひとりで、よく読みます。
この本は短編集です。
ここに収録されている中でわたしが一番好きなのは、
「うんとお腹をすかせてきてね」です。
 
なんで好きかというと、この作品はこういう風に始まるんですね。
 
 
女は、いい男にダイエットを台無しにされるためにダイエットをするのだ。
 
 
この一文を読んだ瞬間にものすごくすとんと腑に落ちて、なんの説明もされていないのに言葉全部がわたしの体内に吸収されていった感じがしました。
 
ダイエットをするモチベーションは人それぞれだと思いますが、好きな人にちょっとでも良い自分を見せたいと思ってダイエットに励んでいる女子は多いと思います。
 
で、なぜダイエットを頑張るかといったら、
その好きな人にダイエットを台無しにされるためです。
 
どうして台無しにされるかというと、この話の主人公は、恋人とごはんを食べるのが大好きだから。恋人と一緒なら何でも食べられるし、いくらでも食べられる。それはもう自分でもびっくりするほど。
 
 
食欲と性欲は密接につながっていると言われますが、主人公とその恋人もまたしかりで、いっぱい食べて、いっぱい愛し合います。
このお話は、主に二人が食べてるかセックスしてるかのどっちかです。
下品な意味じゃなく、二人が動物みたいに本能的に食べて、セックスして、という人間の一番素直な部分が江國さんの言葉を通してとても綺麗に描かれていて、ドキドキうっとり、みたいな。
二人がごはんを食べているだけのシーンも色っぽいんですよ。
これはまさに大人の官能小説です。官能小説読んだことないけど。
 
 
自分をコントールして目標を持って励むダイエットは理性の象徴。
でも結局のところ理性はいい男、本当に好きな人の前では何の効果もなく、本能が赴くままに行動してしまって、だからいっぱい食べちゃう。
台無しにされたダイエットは、その人の理性が崩れて、本能で、直感で恋人を愛しているという証拠なのでしょう。
 
そして、この話がさらに素敵なところは、ダイエットを台無しにする張本人の恋人が、いっぱい食べた後の主人公のぽっこりお腹や脂ぎった唇などを愛しんでるところです。
 
♪いっぱい食べる君が好き〜とか歌っているサプリのCMがあったけど、あれは本当にいっぱい食べちゃだめなんですよ。
だってCMの彼はいっぱい食べてもスリムな体系を維持している君が好きなだけだから。
結局本能レベルの愛ではないのです。
 
そうじゃなくて、この短編の恋人は、たとえ主人公がどんな形になっても愛してくれるんです。
やっぱりいい男は違うなあ。
 
 
理性が吹っ飛んでダイエットとかどうでもよくなるくらい好き!って思えて自分の本当の姿をさらけ出せる相手が見つかったら幸せだし、そんな人に出会うまでは身も心も引き締めておかねばなあという女心が絶妙に表現されていて、つくづく江國さんの言葉はすごいなあと思います。
 
 
あとここに出てくる食べ物の描写は全部美味しそうなので、読んでる間にうんとお腹が空くこと間違いなしです。
 
わたしは読むたびにフランス料理が食べたくなります。